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仙台地方裁判所 昭和24年(行)49号 判決

原告 遠藤良作

被告 宮城県知事

主文

佐藤弥右エ門から原告に対する宮城県栗原郡栗駒村沼倉字宮下前四番田二反三歩の売渡に因る所有権移転につき、被告が与えた昭和二十一年四月十六日附認可を、昭和二十四年七月二十六日附を以て被告がなした右認可取消処分はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として原告は昭和二十年十月頃訴外佐藤弥右エ門から主文掲記の田一筆を買受け、同年十一月十八日臨時農地等管理令に基き、右売買に因る所有権移転の許可申請をなし、同令廃止の後を承けた農地調整法第五条により昭和二十一年四月十六日被告の認可を得た。然るに被告は昭和二十四年七月二十六日故なく右認可を取消した。かゝる何等正当の理由のない取消は違法であるからその取消を求めるため本訴請求に及ぶと陳述し、

被告主張の事実中本件農地は原告と訴外佐藤間の前記売買前から訴外北浦よろじがこれを小作していること、被告主張の頃右北浦が本件所有権移転に異議を唱え、石川慶三郎の斡旋により調停が成立したこと、(尤もその内容は被告主張の(1)(2)(3)の点は認めるが、その余は認めない。)以上の事実は認める。原告の被告に対する認可申請につき訴外栗駒村長がどのような意見の申達をしたか、及び被告のなした認可につき錯誤があつたかどうかは何れも不知、その余の事実はすべて争う。原告は本件農地を自作する意図の下に買受け右買受当時訴外北浦よろじに対し右農地の返還を求めた。然るにその後農地調整法の改正により地主の土地取上げが困難となつたことを聞き及び右訴外人からの返還請求を断念し、昭和二十一年八月五日頃には確定的に自作の意思を放棄したと陳述した。(立証省略)

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として原告主張の請求原因事実中被告のなした認可取消処分につきこれをなすべき正当の理由を欠くとの点を除きその余はすべて認める。

被告が前になした認可を取消すについては以下に述べる正当の理由があつた。即ち

(一)  被告は錯誤に因り右認可処分をなした。

右認可当時において政府の方針として当該農地にこれを耕作する小作人がある場合は当該小作人の承諾ある場合に限りこれを認可することゝしていた。本件農地は原告と訴外佐藤弥右エ門間の売買前から訴外北浦よろじがこれを賃借耕作していた。原告は政府の右認可指針を知りながら、その主張の許可申請に当り北浦の承諾を得ることなく、恰も本件農地には小作人がないかの如くいつわり、且つ当時原告方の農業従事者は女一人にすぎず到底本件農地までも自作する余裕も、自作する意思もないのに、農業稼働力は男一人、女二人であるといつわり申告し当時の栗駒村長も亦十分これ等の点の調査を遂げず漫然被告に対し認可相当との真実に相反する意見を進達し来つた。被告は原告の右申請と村長の意見にあやまられて前記認可処分をなした。

(二)  原告と訴外佐藤弥右エ門間の売買は右認可後解除された。

原告は被告の前記認可を得て昭和二十一年五月十四日所有権移転の登記を経由したが、その後間もなく右売買の事実は訴外北浦よろじの覚知するところとなり、同人は右売買に異議を唱え居村農地委員会に調停を依頼し、それが因で昭和二十一年八月五日宮城県小作官石川慶三郎の斡旋により原告、訴外佐藤、訴外北浦の三者間に、(イ)原告と訴外佐藤間の前になした売買は合意解約する。(ロ)訴外佐藤は将来本件農地を売却するようなときは訴外北浦に対し優先的に売渡すことを約し、なお同時に原告と訴外佐藤間に(1)訴外佐藤は原告に対し売買代金返還のため金二千円を昭和二十一年度供米代金を以て支払うこと。(2)訴外北浦からの昭和二十一年度本件農地の小作米一石八斗は原告の所得とすること。(3)原告から訴外佐藤に対する右農地の名義移転については栗駒村当局の斡旋を願うこと、以上三項目を約定した。

右合意解約により被告が前にした認可処分はその前提を失つた。

よつて被告のなした認可の取消は正当であるから原告の本訴請求は棄却さるべきであると述べた。(立証省略)

理由

原告が昭和二十年十月頃訴外佐藤弥右エ門から主文掲記の田一筆を買受け、同年十一月十八日臨時農地等管理令に基き、右売買に因る所有権移転の許可申請をなし、被告は右勅令廃止の後を承けた農地調整法第五条に基き昭和二十一年四月十六日右申請に対し認可を与えたが、昭和二十四年七月二十六日右認可を取消したことは当事者間に争がない。

原告は本訴において右取消処分の取消を求めるのであるが、先づ原告と訴外佐藤間の前記売買に因る所有権移転についてその効力発生上、そもそも被告の許可もしくは認可を必要とする場合であつたか否かを明かにしなければならない。けだし右許可(認可)が所有権移転の効力発生要件でないとすれば、かような許可(認可)が取消されたところで、原告はこれによつて何等権利を侵害されるところがなく、従つて本件訴訟をなす利益はないからである。

よつて按ずるに、原告の右売買に因る所有権の取得が本件農地を「耕作の目的に供する」にあつたものとすれば昭和二十年法律第六十四号による農地調整法改正(以下第一次改正と略称する)附則第五条、右改正による第五条、第六条第三号の規定に徴し、農地所有権移転の効力発生のためには何等被告知事の許可を必要としなかつたものというべきである。ところで本件農地は右売買前から訴外北浦よろじが賃借して耕作している事実は当事者間に争がなく、かように当該農地に賃借人がある場合においては右第一次改正農地調整法第六条第三号にいう「農地を耕作の目的のため」所有権を取得する場合とはすでに賃貸借を消滅せしめ得たとか若くは容易にこれを消滅せしめ得るというような特段の事情(同法第九条参照)のある場合であるべきであつて、そのような特段の事情もなく単に買受人の純主観によつて、事情はどうあろうとも自作するつもりだというような恣意的な意図を有するにすぎない場合はこれに当らないものと解すべきである。けだし、右第六条は特に認められた認可の除外例であるから、左様に何等合理的理由を備えない場合に対してまでも認可を不要ならしめる趣旨とは到底解せられないからである。本件の場合原本の存在並に成立に争のない甲第六号証の一、二と原告本人尋問(第二回)の結果とによると、原告は正に前記農地を自作する意図であつたことは認められるけれども、右本人尋問の結果に証人北浦よろじ(第一回)の証言を綜合して判断するに訴外北浦との賃貸借が解約された事実がなく、又その当時容易に解約し得、従つてその返還を受け得るような特段の事情はなかつたことが認められるから、原告の右意図は結局恣意な主観にすぎず、前記農地調整法第六条第三号にいう「農地を耕作の目的に供するため」その所有権を取得した場合に該当するものとはいえない。

従つて被告の認可は右売買に因る所有権移転の効力発生上不可欠のものというべく、故に原告は右認可取消の効力を争う利益がある。

よつて判断を進めるに、凡そ右のような認可処分はこれによつて私法上の法律関係が確定するのであるから当該処分庁と雖も事後において濫りにこれを取消すべからざる拘束を受ける。けだし右認可の取消は認可によつて一旦形成された法律関係を根本的に覆滅させ甚しく法律秩序を害うことゝなるからである。その取消の是認されるのは或程度の右のような弊害をしのぶもなお維持せねばならぬ公益上の必要ある場合に限られるべきである。

そこで本件の場合左様な取消事由があつたか否かを検討する。

被告主張の(一)について

被告はさきの認可処分の当時当該農地に小作人があるときはその承諾がなければこれを認可しない取扱になつていたと主張するけれども、これを認めるに足る証拠はなく、原告が故らに小作人のあることを秘して許可申請をしたと認むべき証拠もない。そしてそもそも小作人の承諾がなければ認可を与えないということについても合理的理由はない。(小作権の保護は所有権の変動があつても変るところがない。農調法第八、九条参照)又原告が右申請に当りその稼働力につきいつわりの申告をしたとの点は原告本人尋問(第一回)の結果及び原本の存在並に成立に争のない甲第六号証の一により何等そのような事実がなかつたことが認められる。尤も右証拠によると原告は当時居村の助役をしていてその勤務の余暇にしか農業に従事し得なかつたこと、従つて右申告に当り同人自身をも農耕従事者数の一人として計上したことについては非難の免れ難いものがあり、同人方の耕作面積と農業従事者数とを対比し、本件農地をも併せてこれを耕作することは相当の困難があつたものと認めるに難くない。

けれども仮に被告が原告の経営能力の判定を誤つたとしても、そもそも本件は前に認定した如く、原告が自ら前記農地を「耕作の目的に供するために取得した」ものとみるべき事案ではなく、従前通り訴外北浦に耕作せしめるものとして判定すべき案件なのであるから、原告の自作能力の有無ということは本来問題外の事柄なのであるから、その判断の誤りは被告が与えた認可の瑕疵とはならず、従つて又このことを以て右認可を取消すべき事由とすることはできない。

被告主張(二)の点について

昭和二十一年八月五日宮城県小作官石川慶三郎の斡旋により原告と訴外佐藤弥右エ門間に被告主張の(1)ないし(3)の事項を定めた約定が成立したことは当事者間に争がなく、原本の存在並に成立に争のない乙第一号証に証人石川慶三郎の証言及び原告本人尋問(第一、二回)の結果を綜合すれば、その際なお原告は右訴外人との間に前になした前記売買を解約することを合意し、又右訴外人は訴外北浦よろじに対し原告から右田を取戻して引続き貸与すべく、将来他に売却するときは右北浦に優先して売渡すことを約した事実が認められる。

然しながら右合意解約があつたからとて前になした認可処分が遡つて、所有権の移転がないのに認可を与えたというが如き違法な処分化するわけではなく、否むしろ右合意解約も亦意思表示に基く所有権の復帰的移転にほかならないからその法律行為の当事者をして再び新にそれについて認可を受けしめるのが前記農地調整法における所有権の移動統制の立法趣旨に適うものというべく、ましてや原告本人尋問(第一、二回)の結果によれば、訴外佐藤弥右エ門は前記約定後原告に対する売買代金返還債務の履行ができなかつたので原告と協議の上前記解約の合意を撤回したことが認められるから、右合意解約を理由として前記認可を取消し得べきではない。

証人北浦よろじ(第一回)の証言によれば、右撤回について訴外北浦よろじの了解を得なかつたことが認められるが、右解約の合意の当事者は原告と訴外佐藤弥右エ門であつて訴外北浦は当該法律行為の当事者ではないから右撤回につき訴外北浦の承諾はこれを必要としない。

以上被告の主張する事由によつては本件取消処分が正当であることを首肯し難く、他にこれを肯定し得べき事由につき主張立証がないから、被告に対し右取消処分の取消を求める原告の本訴請求は、理由ありとしてこれを認容すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 新妻太郎 飯沢源助 金子仙太郎)

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